建設現場での測量、インフラ設備の点検、あるいは災害時の状況把握など、産業用ドローンの活用は急速に拡大しています。
その中でも、圧倒的なシェアと信頼性を誇るのがDJIの「Matrice(マトリス)」シリーズです。
しかし、高性能ゆえにモデルごとの違いが分かりにくく、「自社の業務に最適な機種はどれか」「導入コストに見合う効果が得られるか」と悩む担当者も少なくありません。
本記事では、DJI Matriceシリーズの主要モデルを徹底比較し、それぞれの特徴や得意な用途、導入時に考慮すべきコストや法規制について網羅的に解説します。
FlyMovie Techの理念である「誰もが安心してテクノロジーを使えるようにする」に基づき、専門的な用語も噛み砕いて説明しますので、ドローン導入の第一歩としてぜひお役立てください。
Matriceドローンとは?産業用高性能ドローンの基礎知識
DJI Matriceシリーズは、過酷な環境下でも安定して飛行し、高度な業務を遂行するために設計された産業用ドローンのフラッグシップモデルです。
一般的な空撮用ドローンとは異なり、防塵防水性能や耐風性能が高く、特定の任務に応じたカメラやセンサーを搭載できる拡張性を持っています。
まずは、Matriceシリーズがなぜ多くの現場で選ばれているのか、その基本的な立ち位置と特徴を解説します。
DJI Matriceシリーズが選ばれる理由と特徴
Matriceシリーズが産業界で標準機として採用される最大の理由は、その「信頼性」と「拡張性」にあります。
業務での使用では、雨天や強風といった悪天候下でも飛行できるタフさが求められますが、Matriceシリーズの多くは高い保護等級(IP等級)を備えており、厳しい環境でも運用が可能です。
悪天候でも業務を止めないタフな設計が、プロの現場で支持されています。
また、用途に応じてカメラやセンサーを交換・追加できる点も大きな特徴です。
高解像度の可視光カメラだけでなく、夜間点検用の赤外線カメラ、測量用のレーザー測量機(LiDAR)、スピーカーやスポットライトなど、多彩な「ペイロード(積載機器)」を組み合わせることで、一台の機体で多様なミッションに対応できます。
さらに、開発者向けのSDK(ソフトウェア開発キット)が公開されており、サードパーティ製の特殊なセンサーやアプリと連携できる柔軟性も、プロフェッショナルに選ばれる理由です。
主な活用分野と導入メリット
Matriceドローンは、主に「測量」「点検」「捜索救助(公共安全)」の3大分野で活躍しています。
測量の分野では、広大な土地を短時間で撮影し、高精度な3Dモデルや地図を作成することで、従来数日かかっていた作業を数時間に短縮できます。
インフラ点検では、橋梁や鉄塔、ソーラーパネルなどの高所・危険箇所を、作業員が登ることなく詳細に検査できるため、安全性の向上とコスト削減が同時に実現します。
また、災害現場や山岳遭難の捜索においては、赤外線カメラを用いて体温を検知したり、ズームカメラで遠方から状況を確認したりすることで、迅速な人命救助をサポートします。
これらの業務効率化と安全確保が、導入の最大のメリットです。
Matriceドローンに求められる性能と機能
産業用ドローンを扱う上で理解しておきたい基本的な技術要素がいくつかあります。
まず「RTK(リアルタイムキネマティック)」です。これはGPSなどの衛星測位システムを補正し、数センチメートル単位の正確な位置情報を取得する技術で、精密な測量や自動飛行には欠かせません。
次に「伝送システム」の安定性です。障害物の多い現場でも映像が途切れないよう、強力な通信技術が採用されています。
そして「冗長性」も重要です。バッテリーやセンサー、コンパスなどの重要部品を二重化することで、万が一ひとつのシステムに不具合が生じても、安全に帰還できる仕組みが整っています。
安全機能の二重化(冗長性)が、ホビー機と産業機の決定的な違いです。
【徹底比較】DJI Matriceドローン全モデルの特徴と選び方
ここからは、現在運用されている主要なMatriceドローンおよび関連する産業用モデルについて、それぞれの特徴を比較していきます。
自社の課題解決に最適なモデルを見つけるための参考にしてください。
Matrice 4T/4E (4 Series) の特徴とおすすめポイント
※本項では、Matriceシリーズと並んで産業利用される小型高性能モデル(Mavic 3 Enterpriseシリーズ等)の特性を含めて解説します。
「Matrice 4T/4E」として想起される最新の小型産業用ドローンは、携帯性と性能のバランスが極めて高い点が特徴です。
片手で持ち運べるサイズでありながら、メカニカルシャッターを搭載して歪みのない測量写真を撮影できるモデル(Eモデル相当)や、高解像度のサーマルカメラを搭載して点検・捜索に特化したモデル(Tモデル相当)が展開されています。
このクラスの最大の強みは「機動力」です。
専用の大型ケースを必要とせず、バックパックに入れて現場へ移動し、取り出してすぐに飛行を開始できます。
大規模なMatrice機体ほどの耐候性やペイロード交換機能はありませんが、45分前後の長時間飛行が可能で、小規模な現場の測量や、迅速な初動対応が求められる点検業務に最適です。
Matrice 350 RTKの進化と活用事例
Matrice 350 RTKは、産業用ドローンの最高峰として位置づけられるフラッグシップモデルです。
前モデルであるMatrice 300 RTKからさらに進化し、保護等級IP55の防塵防水性能を実現しました。これにより、雨の中や砂埃の舞う現場でも安心して運用できます。
最大の特徴は、圧倒的なペイロード積載能力です。
最大2.7kgまでの機材を搭載でき、高性能なフルサイズセンサーカメラ「Zenmuse P1」や、レーザー測量機「Zenmuse L2」などを装着することで、極めて精度の高い測量データや鮮明な点検画像を取得できます。
最高品質のデータが必要な現場では、M350 RTK一択と言えます。
また、新しい伝送システムにより通信の安定性が向上しており、送電線点検や広範囲の森林調査など、電波環境の厳しい場所でも威力を発揮します。
Matrice 30シリーズ (30/30T) の機動性と汎用性
Matrice 30シリーズ(M30 / M30T)は、大型機の性能と小型機の携帯性を融合させたハイブリッドモデルです。
アームを折りたたむことでバックパックに収納可能なサイズになりつつも、Matrice 350 RTKに近い耐候性(IP55)と飛行性能を持っています。
このモデルの特徴は、カメラやセンサーが機体に固定内蔵されている点です。
広角、ズーム、レーザー距離計が一体となっており、M30Tにはさらにサーマルカメラも搭載されています。
ペイロードを交換する手間がなく、展開してすぐに高度な業務を行えるため、警察・消防などの緊急対応や、定期的な施設巡回監視に非常に適しています。
Matriceドローン主要モデル比較表
各モデルの主なスペックと得意分野を整理しました。選定の際の目安としてご活用ください。
| 特徴・項目 | Matrice 350 RTK | Matrice 30 / 30T | 小型産業用モデル (Mavic 3E/3T等) |
|---|---|---|---|
| 機体サイズ | 大型(要専用ケース) | 中型(バックパック可) | 小型(携帯性抜群) |
| ペイロード | 交換可能(最大3つ同時搭載) | 内蔵固定式(交換不可) | 内蔵固定式 |
| 主なカメラ性能 | 用途に合わせて選択(P1, L2, H30等) | ズーム/広角/距離計/(熱画像) | メカニカル/ズーム/(熱画像) |
| 保護等級 | IP55(防塵防水) | IP55(防塵防水) | なし(または生活防水程度) |
| 最大飛行時間 | 約55分 | 約41分 | 約45分 |
| RTK対応 | 標準対応(高精度) | 対応(モジュール等で対応) | 対応(RTKモジュール装着時) |
| 推奨用途 | 高精度測量、詳細点検、LiDAR | インフラ点検、捜索救助、警備 | 小規模測量、簡易点検、初動対応 |
| 価格帯 | 高価格帯 | 中価格帯 | 比較的安価 |
産業分野別!Matriceドローン高度活用術とソリューション
ハードウェアの性能だけでなく、それをどう現場で活かすかが重要です。ここでは具体的な産業分野ごとの活用術と、Matriceドローンが提供するソリューションについて解説します。
測量・マッピングにおけるMatriceの活用と精度
測量分野では、Matrice 350 RTKにフルサイズセンサーカメラ「Zenmuse P1」を搭載する組み合わせが王道です。
RTK機能により、地上に標定点(GCP)を多数設置しなくても、数センチメートル級の精度で地図を作成できます。
また、樹木が生い茂る山間部では、レーザー測量機「Zenmuse L2」が活躍します。
レーザーは木々の隙間を通り抜けて地表面に到達するため、写真測量では捉えきれない地形データ(グラウンドデータ)を取得可能です。これにより、造成工事の土量計算や災害時の地形変化の把握が劇的に効率化されます。
インフラ点検・施設監視での効率的な運用
橋梁やダム、風力発電機の点検には、高倍率ズームカメラが不可欠です。
Matrice 30シリーズやH30シリーズのペイロードを使用すれば、対象物から安全な距離を保ちつつ、ボルトの緩みや微細なクラック(ひび割れ)を鮮明に撮影できます。
さらに、AI機能を活用した「スマート点検」も普及しています。
一度飛行したルートと撮影ポイントを記録し、次回以降は自動で全く同じ位置・角度から撮影を行う機能です。これにより、経年変化の比較が容易になり、点検の質の均一化と作業時間の短縮が図れます。
AIによる自動撮影機能を使えば、誰でも均質な点検データを取得可能です。
公共安全・災害救助での緊急対応能力
一刻を争う災害現場や遭難捜索では、Matrice 30Tや小型産業用モデル(Mavic 3T)のような、サーマルカメラ搭載機が威力を発揮します。
夜間や煙の中でも熱源を感知できるため、要救助者の発見率が大幅に向上します。
また、レーザー距離計を使用することで、対象までの正確な距離や座標を即座に特定し、地上の救助隊に位置情報を共有することが可能です。
スピーカーを搭載して上空から避難誘導のアナウンスを行ったり、スポットライトで現場を照らしたりと、空飛ぶ指令塔としての役割も果たします。
カスタムペイロードとSDK連携で広がる可能性
Matriceシリーズの大きな強みは、DJI純正以外の機器も搭載できる点です。
PSDK(Payload SDK)という仕組みを利用して、ガス検知器、マルチスペクトルカメラ、投下装置など、サードパーティ製の特殊な機材を取り付けることができます。
例えば、プラント内での有毒ガス漏れの検知や、農作物の生育状況の精密分析、物流実証実験での荷物配送など、企業の特定のニーズに合わせたカスタムソリューションを構築できるのがMatriceシリーズの真骨頂です。
Matriceドローンの導入・運用コストとROI
高性能な産業用ドローンは決して安い買い物ではありません。
導入を成功させるためには、機体価格だけでなく、運用全体にかかるコストと、それによって得られる利益(ROI)を正しく試算する必要があります。
ドローン本体以外の初期投資
Matriceドローンを導入する際、機体本体以外にも必要な機材があります。
まず必須なのが「バッテリー」と「充電ステーション」です。産業用ドローンのバッテリーは高出力で高価であり、業務を止めずに回すためには最低でも3〜4セット(6〜8本)の予備が必要です。
また、高精度な位置情報を得るための「D-RTK 2 モバイルステーション」や、交換用のプロペラ、移動用のハードケースなども予算に含める必要があります。
用途によっては、数百万円クラスのカメラやセンサー(ペイロード)が別途必要になることも忘れてはいけません。
運用にかかるランニングコスト
導入後にかかる費用として、まず挙げられるのが「保険」です。対人・対物の賠償責任保険に加え、高額な機体自体の損害保険への加入が推奨されます。
また、定期的なメンテナンス費用も重要です。DJIでは一定の飛行時間ごとに定期点検を受けることが推奨されており、消耗品の交換やファームウェアの更新などが行われます。
さらに、写真測量や点検データの解析には、専用のソフトウェア(DJI Terraなど)のライセンス料が必要になる場合もあります。
機体購入費だけでなく、保険やソフト代も含めた予算計画が必要です。
Matriceドローン導入による投資対効果(ROI)の考え方
コストはかかりますが、それ以上のリターンが期待できるのがMatriceドローンです。
ROI(投資対効果)を考える際は、「時間短縮」「人員削減」「安全性向上」の3点を数値化します。
例えば、従来3人がかりで丸2日かかっていた測量業務が、ドローンを使えば1人で半日で終わるとします。この場合、人件費と工期の大幅な削減が可能となり、数回の案件で機体代金を回収できるケースも珍しくありません。
また、足場を組む必要があった高所点検をドローンで代替できれば、数百万円規模の足場代が不要になることもあります。このように、具体的な業務フローの改善効果をシミュレーションすることが、導入決断の鍵となります。
Matriceドローンを安全に運用するために知るべきこと
産業用ドローンをビジネスで運用するには、法律の遵守と安全管理が絶対条件です。ここでは日本国内での運用に必要な知識を解説します。
日本のドローン規制(特定飛行、飛行許可申請など)の最新情報
日本では航空法により、ドローンの飛行に関して厳格なルールが定められています。
特に産業利用で頻繁に行われる「人口集中地区(DID)での飛行」「目視外飛行」「夜間飛行」「人や物件から30m未満の飛行」などは「特定飛行」に該当し、国土交通省への許可・承認申請が必要です。
また、2022年12月からは機体認証制度と操縦ライセンス制度(国家資格)が開始されました。
Matriceシリーズのような大型機を、第三者の上空(レベル4飛行)で飛ばす場合は第一種機体認証と一等無人航空機操縦士の資格が必須となります。
レベル4以外の飛行であっても、ライセンスを保有し機体認証を受けたドローンを使用することで、許可申請の一部が免除されるメリットがあります。
安全な飛行計画とリスクマネジメント
事故を防ぐためには、事前の飛行計画が重要です。
飛行ルート上に障害物がないか、電波干渉の恐れがないか、離着陸地点の安全は確保されているかを入念に確認します。
また、当日の天候判断も重要です。Matriceシリーズは耐風性能が高いですが、突風や急な雨雲の接近には注意が必要です。
万が一のトラブルに備え、緊急着陸地点の設定や、補助者(オブザーバー)の配置など、リスクを最小限に抑える体制づくりが求められます。
飛行前のルート確認と緊急時の対応策は必ず準備しましょう。
DJI Care Enterpriseとその他のサポート体制
高価な機体を運用する安心材料として、DJIが提供する包括的な保証プラン「DJI Care Enterprise」があります。
これは、操作ミスや信号ロスト、衝突、水没などで機体が破損した場合に、安価な定額で交換機を受け取れるサービスです。
また、定期点検サービスや、代替機の貸出サービスなどが含まれるプランもあり、業務のダウンタイム(停止時間)を最小限にするために加入を強くおすすめします。
FlyMovie Techとしても、ビジネス用途であれば必須のオプションと考えています。
まとめ
Matriceドローンは、単なる空撮機材ではなく、ビジネスの課題を解決するための強力なソリューションツールです。最後に、最適なモデル選びのポイントを振り返ります。
最適なMatriceドローン選びのポイント再確認
- Matrice 350 RTK: 最高精度の測量や、特殊なセンサー(LiDAR等)を必要とする大規模な業務向け。拡張性と飛行性能を最優先する場合に選択します。
- Matrice 30 / 30T: 機動性と性能のバランスが良く、インフラ点検や捜索救助など、迅速な展開が求められる現場に最適です。
- 小型産業用モデル (Mavic 3E/3T等): 予算を抑えつつ、手軽に測量や点検を始めたい場合や、狭い場所での運用に適しています。
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